【大企業向け?オワコン?】デザイナーが考える「デザイン思考」
2023年、デザインコンサルティング会社IDEOが大量の人員削減を行なったことが話題になりました。IDEOは「デザイン思考(デザインシンキング)」と呼ばれる思考法を提唱し、実行してきたことで有名になりましたが、IDEOの大量解雇は、ビジネス業界で大きな期待を集めたデザイン思考が「オワコン」となった証拠では……とざわついていました。デザイン思考の実践によって成果を上げることができた企業もある一方で、具体的な成果に結び付かずに取り組みをやめてしまった企業が多かったことが、その背景にあるようです。
しかし、デザイン思考は本当に「オワコン」なのでしょうか?
そもそも、デザイン思考とはなんなのでしょうか?
今改めて、デザイン思考の本質を再考し、デザイン思考とはどういったものなのか、わたしたちにとって役立てることができるものか否か、考えます。
そもそもデザイン思考とは何か
デザイン思考とは、デザイナーが用いる思考プロセスをビジネスに活用した思考法と言われています。
デザイン思考は、主に以下の5つのステップを踏むことになります。
- 共感:ユーザーを深く理解し、共感する
- 問題定義:ユーザーの課題を明確に定義する
- アイデア発想:自由な発想で解決策をアイデア化する
- 試作:アイデアを形にして検証する
- テスト:ユーザーに実際に試してもらい、改善していく
非常にシンプルでわかりやすいですね。すぐにでも実践できそうです。
しかしおそらく、この「わかりやすくてすぐに始められそう」という直感と、実践において成果につなげるハードルとの間に大きなギャップがあったために、「期待はずれ」という印象を与えてしまった気がします。
デザイン思考は「専門家が必要で、時間がかかる、大企業向けのツール」?
IDEOの提唱するデザイン思考は、大企業のイノベーションや社会的課題などを解決するような大きな理想を想定しているようなところがあります。実効性のある活用のためには深い知識や理解が必要とされている点に、成果に至らない(実践にすら至らない)ケースが増える原因があるのかもしれません。デザイン思考のワークショップに参加したり、デザイン思考テストを受講したり……そうなると、導入のための敷居が(コスト面でも人材面でも)一気に上がり、デザイン思考は「専門家が必要で、時間がかかる、大企業向けのツール」である、ということになってしまいます。
実際のところ、デザイン思考の実態はそのようなものだと言わざるをえないのですが、では、わたしたちデザイナーにとって、デザイン思考とは何でしょうか。
デザイナーは実際に「デザイン思考」しているのか
わたしたちは広告などのプロモーションに関するデザインを主体にした会社です。デザイン思考は、デザイナーの思考プロセスの応用ということですが、では、わたしたちは日々の業務でこの5つのステップを踏んでいるのでしょうか。
具体的に、わたしたちの仕事の進め方を振り返ってみます。
まずはわたしたちの制作実績をご覧ください、ウェブサイト、ポスター、ロゴマークなど、さまざまな事例が並んでいます。
いずれも概ね、
- クライアントへのヒアリング、情報収集
- アイデア出し
- 試作
- クライアントからのフィードバック→試作の繰り返し
というプロセスを辿って完成に至っています。「ユーザー」の部分を「クライアント」に置き換えると、ほぼ同様の流れになっていることがお分かりいただけると思います。
デザイン思考の5つのプロセスと比較すると、「問題定義」が含まれていませんが、これは、案件によってはクライアントの方で事前に定義されている場合がありますので、発生しないケースもあります。ただ、「クライアントへのヒアリング、情報収集」を行なううちに、クライアント側の問題定義にある「ほころび」に気づくことがあり、その際は、わたしたちの方から問題の再定義を行ないます。
また、プロセスは番号順に進みますが、途中で引き返す場合もあります。例えば「1」を終えた後、「2」、「3」と進み、「4」でクライアントからフィードバックを受けた際に、「1」でヒアリングしたことと矛盾するご意見が出ることがあります。その時はまた「1」からやり直すことになります。
「それはヒアリングが十分ではなかったのでは?」と思われるかもしれませんが、どれだけ詳しくお話を伺っても、クライアントが何もかも言語化できるわけではありません。むしろ、「言語化できないところを形にして見せて」というのがデザイナーへの注文です。ですから、わたしたちも基本的には「言外のこと」を考えることが必要になります。インサイト、つまり洞察力が求められるわけです。
ですから、「4」におけるフィードバックは、そのまま「4」に留まって順調に先へ進む場合もあれば、「アイデアはいいと思うけどもう少し別の形が見たい」と「3」に戻ったり、「どのアイデアもいまいち踏み込みが足りない」と「2」に戻ったり、「こうやって形になったものを見て、根本的な間違いに気づきました」と「1」からやり直す場合もあるのです。
あと、念のため申し添えておきますが、わたしたちは当然ながら「デザイン思考」を意識して制作に取り組んでいることはありません。
デザイン思考をたった1つのポイントにまとめると……
さて、「実際にデザイナーが行なっているデザイン思考」を見ると、一般的に言われている「5つのステップ」が、それほど確固たるものでないように思えてきます。
それでは、「実際にデザイナーが行なっているデザイン思考」という視点から考えたとき、デザイン思考はビジネスに活用する際、どう役立てることができるでしょうか。
とりあえず、以下の1点について意識的に実践することが、最も現実的な応用範囲だと思います。それは、
「走りながら考える」
です。
昨今の流行り言葉に「VUCA」があります。4つの単語「Volatility(変動性)」、「Uncertainty(不確実性)」、「Complexity(複雑性)」、「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を並べたものですが、今はこの言葉に象徴されるような、「何も明確に言うことができない時代」です。「昨日の常識は今日の非常識」どころか、「今の生成AI は……」と今朝見たニュースについて話している間に、生成AIに新たな機能が実装されている状況です。そんな中で、会議室やモニターの前でどれだけ頭をひねって考えたところで、世に問うてみるまでその良し悪しは誰にもわかりません。とにかく試作段階でも作りかけでもアイデアレベルでも、社会に揉まれながら形にしていくことが最も効率的なのです。
デザイン思考は役に立つが、囚われすぎてもいけない
スイカゲームや照明一体型プロジェクター「ポップインアラジン」を生み出した程涛氏は、「自分が欲しいと思うものを突き詰める」ことで、商品アイデアを導き出し、スピード第一で商品化しています。アップル社のCEOだった故スティーブ・ジョブズも、彼が考える「ユーザーが求めているもの」を、「彼からのフィードバック→試作の繰り返し」によってiPodをはじめとした数多くのヒット商品を生み出しました(ジョブズは「人は形にして見せてもらうまで自分が何を欲しているのかわからない」というようなことを言ったそうですが、これはその昔フォード社の創設者ヘンリー・フォードが言ったという「もし顧客に望みを聞いたら、彼らは「もっと速い馬が欲しい」と答えただろう」という発言と同じ意味ですね)。最近では、ユーザー調査の際に複数人から意見を聞くグループインタビューよりも、一人を深掘りするデプスインタビューが注目されていますが、いずれも「n=1」、つまり「たった一人のサンプル」を突き詰めることの重要性を示していますね。
これは、デザイン思考の第一ステップ「共感」が、消費者やクライアントといった「他人」ではなく「自分自身」の場合があるということです。だとすると、あとのステップも、自分の中ですっ飛ばしたりくっついたりしながら「4」「5」へと辿り着くかもしれません。また、先に書いた通り、「クライアント=ユーザー」は「言語化できないところを形にして見せて」と思っています。となれば、そもそも第一ステップ自体を飛ばして始めても良いかもしれないのです。
つまり、迷っている時や困っているとき、何か手掛かりを見つけたいときに、デザイン思考のプロセスは参考になるが、「その通りにやればいいというものではない」ということです。ものごとはケースバイケース。VUCAの時代には型通りのことが通用しない前提で、さまざまなツールの中から自分たちなりに役立つヒントを見つけ出し、臨機応変に自己流の道を見つけていくことが肝要なのです。
あなたの会社でも、「デザイン思考は時代遅れ」「大企業が取り組むもの」と切り捨てる前に、デザイン思考を足がかりにして、自分たちなりの課題解決の方法を見つけ出してみても良いかもしれませんね。
わたしたちは、あなたの会社に最適な「デザイン思考」で課題解決のお手伝いをします。ぜひ一度、ご相談ください。