ウェブ3が、寄付の概念を大きく変えるかもしれない
日本には、寄付の文化があまり根付いていないとよく言われます。2022年にイギリスの慈善団体が「この1ヵ月の間に、見知らぬ人を助けたか?」「この1ヵ月の間に寄付をしたか?」「この1ヵ月の間にボランティアをしたか?」という三つの指数で調査をした結果、日本は119ヵ国中118位だったそうです。
そんな日本にも、世界中で活躍する数多くのNPOが存在します。NPOとは、「Non-Profit Organization=非営利組織」の略ですから、活動を続けるためには支援者からの寄付が重要な資金となります。しかし寄付への意識が薄い日本で寄付金を集めるには、旧来通り「寄付をお願いします」と言い続けていても、思ったように支援を得ることは困難でしょう。
そんな、世界で活躍する日本のNPOのひとつ、アフリカのエイズ孤児を支援しているPLASというNPO法人が、最近「NFTを寄付と結びつけた取り組み」を始めました。
これまでもNFTアートの売り上げを寄付したり、自治体がふるさと納税でNFTを発行するなど、寄付につながるNFTの事例はありました。それぞれ非常に興味深い施策ですが、「FiNANCiE」というプラットフォームを活用したPLASの活動は、それらとはひと味違っており、もしかすると、これまでの寄付すら概念を変えてしまうかもしれません。
FiNANCiEとは、クリエイターや団体が「コミュニティ」と呼ばれるコミュニケーションスペースを作り、そこに支援者(FiNANCiE内での名称は「メンバー」)が集い、NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)を介した資金集めや、主宰者とメンバーが一緒にさまざまな活動に取り組むことができるサービスです。ファンクラブやオンラインサロン、クラウドファンディングのような側面があるのですが、ファンクラブほど閉鎖されておらず、オンラインサロンのような課金制ではなく、クラウドファンディングのような「共同購入の言い換え」でもありません。それらの「いいとこ取り」と言えるかもしれません。
このFiNANCiEでPLASは2024年3月に「PLAS DAO」コミュニティを開設しました。そこでトークンを発行し、ユーザーがトークンを購入する費用が寄付となっています。通常の寄付であれば、自分の寄付金は全て寄付先の団体に委ねることになりますが、FiNANCiEの場合は、トークンとして手元に残ります。つまり、「寄付金が株式のような資産になっている」ということです。
このことは、寄付という行為を従来と全く違うものにしています。なぜならこの寄付は、「売買」ができるのです。「払い戻し可能な寄付」と言ってもいいのかもしれません。そしてトークンは、価格が変動します。株価や仮想通貨同様、「買いたい人が増えれば高くなり、減れば安くなる」ということです。もっと言ってしまえば、「安い時に買って高い時に売ると得をする」わけですから、寄付した元本を取り戻すこともできれば、儲けを出すこともできるわけです。
「それだと寄付金が投機目的の売り買いの道具になり、実際の支援に結びつかないのでは?」と思われるかもしれません。実際にその可能性もあります。しかし、そうはならないかもしれません。
このことを踏まえて、PLASとしてもFiNANCiEでの活動を「社会実験」と位置付けています。
社会は、価格変動するNFTと寄付を結びつけると、それをどのように捉え、扱うことになるのか。投機目的に終始する可能性もありますが、ブロックチェーンを通じて善意がどんどん広がっていく可能性だってあります。いずれにしても、「やってみなければわからない」ことです。
今のところ、FiNANCiE内のPLASのコミュニティは、売り抜けた方もいないわけではありませんが、多くの方はトークンを保持しているようです。手放すときも、利益目的ではなく、主にメンバー同士で譲り合うコミュニケーションツールとして使われています。FiNANCiEのトークンは、メンバーの間でお互いに贈り合うことで、交流のための潤滑油のような役割を果たしているのです。
この行動は、パプア・ニューギニア東部の島々で行われているという「クラ交易」を思い起こさせます。クラ交易とは、ある一つの宝物を隣の島に贈ると、贈られた島が、その宝物をさらに隣の島に贈り、これを島々で円を描くようにつなげながら、数年がかりで一周して元の島に宝物が戻ってくる、という一連を繰り返す交易のルールです。このルールを島々で共有することを通して、島同士のつながりや文明・文化の交流が育まれるのだそうです。FiNANCiEも、トークン自体の価値よりも、トークンがあることで生まれる社会やつながりにこそ価値があるように思えます。FiNANCiEが、Web3(ブロックチェーンに代表される中央集権的でない価値観を指す概念)、DAO(分散型自律組織=特定の管理者などを建てず、複数人/団体が並列につながって活動を行なう形態)の考え方のもとに運営されていることが、そのような状況や空気を生み出しているのかもしれません。
PLASのコミュニティに設置されたいくつものトーク(ネット掲示板のスレッドのようなもの)は、いつも温かく優しいコメントと「いいね」のやりとりで満ちており、ここにいると、(油断すると炎上してしまいそうな殺伐とした空気の)Xに戻るのが怖くなるほどです(笑)。そんな雰囲気からも、Web3の思想と寄付というのは、とても相性が良さそうに思えます(コミュニティの中には、PLASのトークンを購入したことで、生まれて初めて寄付をしたという方もいらっしゃるようです)。
寄付とNFTを結びつけたサービスは、これからもいろいろと出てくることでしょう。そして、新たなサービスが出てくるたびに旧来の寄付の概念が形骸化してゆき、やがて寄付という行為の意味を根本的に変えてしまうような気がします。そのときには、日本で根付かなかった「寄付」とは違う、別の「寄付」の文化が日本にも根付いているのではないでしょうか。PLASの活動は、そのためのきっかけの一つなのかもしれません。