「人が追いつけない」AIへの恐怖

Adobe Fireflyによって生成された、人型のAIにネットワークから情報が流れ込んでいるイメージイラスト

AIによる機械学習の問題が、より一層深刻化している感があります。

ソニー・ミュージックエンタテインメントは、同社が保有している楽曲コンテンツをもとにAIが学習することを認めず、AI開発者に対して学習コンテンツから削除するよう要請する書簡を700通以上送ったそうです。

自分たちが所有している音楽資産を、勝手に機械学習の素材にされ、新たな音楽が無許可で生み出されるとすれば、それはたまったものではなさそうです。

一方、音楽が一大産業として発展していく歴史を見ていると、今ヒットチャートを賑わしているものも含めた全ての音楽が、過去に生み出された音楽を土台にしていることは間違いありません。そして、それらのほとんどは「無許可」です。

例えば、日本を代表するロックユニット・B’zは、「パクりバンド」のレッテルを貼られていた時期がありました。それは、AEROSMITHやBON JOVIといった、彼らが影響を受けてきた海外のロックバンドの曲調の「美味しいところ」を、自分たちなりに換骨奪胎してオリジナル楽曲に仕上げていたからです。しかしそれが訴訟沙汰になったことはなく、AEROSMITHとは共演もしているぐらいです。

もう少し古い例で言えば、イギリスのプログレッシブ・ロックバンドのKING CRIMSONが、1970年に発表した「ポセイドンのめざめ」というアルバムは、Beatlesの影響が強く出ており、「Cat Food」という曲はBeatles「Come Together」そっくりなのですが、あまり言及されることはありません。同じくイギリスのハード・ロック・バンドBlack Sababthは、自身の「N.I.B.」という曲について、同郷のブルース・ロックのバンドCreamの「Sunshine of Your Love」を引用したと明確に語っています。

ここまで露骨な例を挙げるまでもなく、ミュージシャンはみな、先人の音楽を聴いて、その影響で作曲していますから、完全に誰もやっていないオリジナルを作ることはほぼありえないのです。

しかしわたしは、だからと言ってソニーの言い分が不当であると言いたいわけではありません。むしろ、ソニーの対応は然るべきものではないかとすら思います。

なぜなら、AIはただの機械だからです。

生成AIのイノベーションはすさまじいスピードで加速しています。昨日できなかったことが数時間後には可能になっているほど、日に日に進化の度合いが増しています。しかしそれは、「人が追いつけない」状況であることも認めなければなりません。先人の創作物に影響を受けながら新たな楽曲を生み出していたスピードは、人の感覚で理解できる範疇でしたが、それが半導体を敷き詰めた巨大サーバーによって超高速化された時、それが何も問題を引き起こさないと、一体誰が断言できるでしょうか。

常に止まらず、加速し続け、何が正しくて何が正しくないのか、じっくりと冷静に判断できる状況にない中では、誰かがブレーキをかける必要があるはずです。例えば個人情報保護の観点で、EUを中心に規制強化が叫ばれたのも、昨年ハリウッドで俳優と脚本家によるストが起こったのも、そのような「人が追いつけない」速さと量のデータが扱われることへの危機感の表れではないでしょうか。

わたしは生成AIの活用について概ね肯定的ですし、日々の業務やプライベートな調べ物にも活用していますが、それが「人間にとって悪い影響がないか」という点については非常に気になっています。

人間の身体が栄養素を得るには、栄養素そのものをダイレクトに摂取するよりも、食物を通して摂取する方が、時間はかかるが吸収率は高く、体への負担も少ないそうです。運動も、短時間で過度に行うと逆に損傷してしまうリスクがあります。

長い年月をかけて、人から人、国から国へと伝播しながら培われてきた芳醇な「音楽」の土壌を、機械学習によって破壊する恐れはないのか。落ち着いて、じっくりと検討すべき課題ではないでしょうか。